子供のころ、不思議な体験をした、と水木しげるなどは書いている。
自分にはそういう経験は無いし、気配とかお化けなどの類には鈍感で、
不思議な体験ならしてみたいけれど、霊がどうの、などという話になると、半信半疑で
見聞きしていた、というのが本当のところであった。
そう、随分前になるが、それは過去形になってしまったのである。
「そういうモノ」が付近に多い、という某ホテルに、友人と泊まった時のこと。
朝方三時くらいに、ぼんやりと目覚めた私は、薄暗い部屋の自分のベッドの足もとに
何か違和感を感じた。
同時に、ノックの音を聞いた。こんな時間に誰だろう、と思って、ドアの方に目をやった。
ドア側が自分のベッドの足元方面にあたる。そこには、長いスカートの女性が立っていた。
一瞬凍りついた私は、隣のベッドの友人を起こそうと、必死に身体を横に向け、声を出そうとした。
でも声は出ない。焦りながらどうにか彼女を起こそうとしたが、友人は自分とは反対側を
向いてすやすや眠っている様子である。
勇気を振り絞ってもう一度、足元に目をやった。まだ「いる」。
これは錯覚か夢に違いない、そう思いたい私は、そうだ、目をつぶって寝て朝になって目が醒めれば
それで解決だ。と考え、目を閉じた。厭な感じは残ってはいるが、寝てしまえば良い、そう
思うと気が楽になって、いつの間にか眠ってしまった。翌朝目が覚めて、友人に、朝方の話を
しようとした、ちょうどその時。
友人が言った。「ねえ、朝の三時頃にさ、ドアをノックしたひとがいたでしょ?あれって
新聞を持って来たってことかなあ?それにしちゃ変だよねえ…」