ケンイチとともだち 3

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ケンイチの家の玄関先には、お客さんが来ていました。

お客さん、といっても、ケンイチのことを可愛がってくれている、ニ学年年上の、近所のおにいちゃ

ん、とおる君でした。

とおる君は学校が終わって家に帰る前に訪ねて来たのですが、どうやら留守のようだったので

いったん、自分の家に帰ろうと思いました。

学校からは歩いて10分ほどの距離ですから、あっという間です。その中ほどに、さきほどケンイチが猫の

友達と遊んでいた空き地がありました。

そこを通りかかると、誰かの声が聞こえてきました。

とおる君は何の気なしに、しかし何かにひきよせられるように、その声の方に近付いていきました。

「あの子に会ったの?」

「ええ、さっきね、ちょっと挨拶って感じで。あの子、凄くうれしそうでね、私も嬉しかったわよ」

ひとがいるはずなのに姿が見当たりません。とおる君は不思議に思ってそのままじっと、その会話を聞いて

いました。

「でもねえ、あの子、自分が「ここにはもういない」って分かってないみたいだった…」

とおる君はその時やっと、草むらの向こうに、二匹の猫がいることに気づきました。猫が話すなんて

そんな訳あるはずないと思いながらも、その子というのが、先日事故で亡くなった、ケンイチ君のこと

ではないか、となんとなく感じていました。

とおる君は、ケンイチ君のお母さんを訪ねるのに、さっきケンイチ君の家に行ったのです。

先週ケンイチ君は、自分の家に野良猫を連れてきて、飼っちゃダメと言われ、しょんぼりと

空き地まで猫を連れていく途中、車にはねられてしまったのです。猫も一緒にはねられたと、とおる君は

担任の先生から聞いていました。

「わたしは自分が「いまここにいない」って分かってるんだけど」「私たちはまだ色々感じるものねえ」

「でもあの子、わたしのせいでいなくなっちゃったみたいで、悪い気がしたわ。だから一度、

空き地で遊びましょうってあの子と約束したの。でも長老のところに挨拶に行く日だって忘れていて、

あの子に会えなかったから、今日会ったの、これで、もう、別の場所に行けるわ」

「なごり惜しいけど、もうそろそろね」「ええ、じゃあね」

とおる君はごくりと唾を飲み込みました。白い猫の方が、だんだん霞んで見えなくなり、もう

一匹のとら猫は、その消えた場所をしばらく見つめてから、やがてどこかへ行ってしまいました。

とおる君は家に帰りましたが、そのことを誰にも言いませんでした。

それからしばらくたったある日、とおる君が、その空き地を通り掛った時のことです。

とおる君は視線を感じました。それはとおる君のひざより下のあたりに思われました。

そこに視線を落とすと、白い、薄い茶色のブチ猫がいました。あの、空き地で消えてしまった

猫のようです。とおる君は怖くなるよりも、ケンイチ君のことを聞きたくて、じっとしていました。

猫はとおる君をちょっと見てからこう言いました、「あなたのこと、あの子、気にしてたわ。

もし会ったらありがとうって言ってくれって」

そしてまた、霞のように消えてしまいました。とおる君は、その頃、勉強や友達のことで

いろんな心配事があって、笑顔を忘れるようになっていました。その猫にあって、ケンイチ君の

ことを聞くと、なんだか、勇気が出て来たようでした。

ケンイチ君は、猫と一緒に事故に会いましたが、今は猫と一緒にいられて幸せなのでしょう。

とおる君にも、友達も家族もいます。心配事があっても、沢山やりたいことややらなければならない

ことがあります。

そんな当たり前のことを忘れ、笑うことも忘れていました。

「猫が喋ったなんて、誰にも言えないな…」そうひとりごとを言いながら、また歩き始めたとおる君

の顔には、やわらかい笑顔がうかんでいました。

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