家には本が沢山あった。単行本、文庫本、新書本エトセトラ…
自分で絵本や童話などを読むようになり、そのうち文庫本をおこづかいで購入し、
数年経って中学生になったころ、ミステリに巡り合った。
ホームズを始め、ルパン(アニメのではなくモーリス・ルブランの書いたもの。彼が
祖父だという設定でルパンは誕生したらしい)、ディスクン・カー、クロフツ、などなど
それこそ手あたり次第に読んだものだ。そんななか、女流作家というのは古典的といわれる
ミステリでは比較的限られていたけれど、あの頃一番読んだ作家はアガサ・クリスティー
だったろう。
彼女の産んだポワロは名探偵の代名詞のような人物であり、何度も映像化されている。
しかし著者であるクリスティーは、自分はポワロよりミス・マープルの肩を持つ、と書いて
いるのも面白い。ミス・マープルものもポワロ同様、クリスティーの生前より映画、ドラマ化さ
れていた。
さて、そんなクリスティーの推理小説を久しぶりに読み返した。たまたまだがマープルものの
短編集「火曜クラブ(早川ミステリ版、訳 中村妙子)」を読んだ。
マープルはセント・メアリ・ミードに住む「老嬢(未婚の相応の歳のご婦人)」で、この村を
出たことはない。「火曜クラブ」はミス・マープルと13の謎とも訳されている通り、
13の短編からなる。「牧師館の殺人」という長編で初登場したマープルであるが、この短編集で
彼女の性格は確立されたのではないか、と名翻訳者、中村妙子も解説で書いている。
ヴィクトリア朝時代の産物のようなマープルの様子は甥の作家の眼からこのように説明される。
「腰のまわりをぐっとつめた黒いブロケードの服を着」「手には黒いレースの指無手袋をはめ」
その白い髪の上に「黒いレースのキャップをのせている」。
解説にも書かれているが、のちのマープルものの長編の元になったような話も多く、ミステリの
醍醐味を堪能出来る、味わい深い作品が多い。
最初の六話の後、後半の七話が書かれて一冊にまとまっているが、特に後半の七話が出色だ。
誰もこの老婦人の持つ鋭い人間性に対する洞察力、うわべではなく物事の本質を見抜く能力を
感じたりしないのだが、謎が提示され、さまざまな人物が頭をひねってその謎を解こうとしても
一向に埒があかないのを、ミス・マープルは村での出来事と事件を重ねたりしながら、その謎を
あっさりと解いてしまうのである。
読後感のスカッとしていること、しかもトリックや人間描写の優れていること、どこをとっても
やはりずっと手元に置いておきたい素晴らしい推理小説なのだ。
1930年代始めに書かれたこれらのミステリは今なおいきいきとしていて、ミス・マープルの、つ
まりはクリスティーの小説の傑作といえよう。
やはり、クリスティーはミステリの女王なのだ。