隅の老人の事件簿の痛快さ!ホームズのライバルたちシリーズ

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隅の老人の事件簿という推理小説集がある。「紅はこべ」で名高い

バロネス・オルツィの作である。これはハンガリー国が出来たとされる

九世紀にさかのぼれる貴族を祖先に持つ、男爵夫人=バロネス

オルツィの手による推理小説だ。

隅の老人は、喫茶店(のような)「ABCショップ」で昼食をしたためる

のが常である新聞記者、うら若きバートン嬢が、自分の腰かけている

テーブルの向かいに座り、

「謎(ミステリ)だと!犯罪に謎などというものはありえんよ―叡智ある人間がそれの

解明にあたるかぎりはな」と言ってのけて、バートン嬢を仰天させつつ登場する。

この老人には名前が無い。珍しいケースと言えるだろう。いつもABCショップの

隅の席に座っているので、隅の老人と呼ばれている。

また、エラリー・クイーンが、この隅の老人を安楽椅子探偵の最初期の一人と

評していることにも注目したい。

実際には、検視法廷に顔を出したり、動き回って事件について調べたりするの

だが、実際、誰かのために謎を解く訳ではないし、彼の謎解きを知るのはこの世に

バートン嬢のみである。事件のためにだけ行動しても、解明は老人の脳の中で

鮮やかに解決してしまう。その辺が安楽椅子探偵と言われる所以でもあろう。

彼は未解決の事件を解いて、しかし、警察に告げるでも無い。

ただ謎を解くそのことのみが彼の楽しみであるようだ。まったく変わった老人である。

そしていつも、ハナシをしながら、紐を手に不思議な結び目をこしらえては元に

もどし、という行為を繰り返す。ここをとっても風がわりな「探偵」と言えると思う。

原作では二つの短編集があるという。

私の読んでいる創元推理文庫には、双方から選んだ13編が掲載されている。

この短編集の最初のほうの話は、時代設定も含め(ホームズ物と殆ど変わりない、

1901年ころ書かれたものであるから、実に100年以上前のイギリスでの話だし、

それなりの時代を感じないでもないが、読み進むうちに面白さがじわじわ

沁みてくるのだ。特に、リッスン・グローブの謎は、解説にもある通り、

ディスクン・カーの「皇帝のかぎ煙草入れ」(1943年)などのトリックの

先鞭をつけたとも言える内容で、思わず、読み終わってその面白さに

うなってしまった。

どこか謎めいている隅の老人の最後の事件については大雑把にでも紹介すると

面白さが半減するので書かないが、これまた読んでびっくりした。

犯人の「手がかり」があるのだが、これがまたあっけらかんと提示されているのである。

いずれにしても、筆致が過激では無かったり奇をてらってもいないが、人間の怖さや

ある種の滑稽さまでかんじさせる作品集だ。

ただ謎を読み解くならそれだけだが、小説であるからにはプラスアルファが無ければ

読み手としては面白くはない。

隅の老人の事件簿にはそれがある。短編だし、是非一読をおすすめする次第である。

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